シルクの糸 3
皆さんこんにちは。
水守店営業の落合です。
さて、いよいよシルクの糸のお話の最終回です。
今回は手術のお話です。少し「キャー」なお話が出ちゃうかもしれないので苦手な方はお気を付けください
さて、せっかくの海外旅行でしたが、腹痛により、あれよあれよとわけもわからないまま入院して手術をすることになりました。
一人で大部屋でしたが、日本人が入院してくるのが珍しいらしく患者さんや先生看護師さんと入れ代わり立ち代わり覗きに来ます
何人かいる先生の中には「盲腸じゃない」と言っていた先生がいたようで、話がまとまっていない中での手術の決定。
食事を運んでくる入れ物がブリキ?金物?バケツに入っていて柄杓のようなもので配られていた時にはどうしようかと思いましたよね・・・。
せめて学校給食の大食缶だったら良かったのに・・・。
ベットの上に乗せられ通訳の方に付き添われて病室から手術室への移動の道中。ガラガラガラガラガタガタガタガタタイヤの音がしていたのと、やたら廊下が長かったことを覚えています。
手術室に入り全身麻酔と聞いていましたがずっと意識はあるしまだ通訳さんいるしで
え?え?と思っていると
「イマオナカキッテマスー」と通訳さん。
え?それも中継してくれるの?
「アー、ナカミエテキマシター」
え?あなた見てて大丈夫?!
と思ったところで意識がなくなりました。
・・・気づいたら病室に戻っていました。
とにかくチャーター便で帰らなければならないということもありましたが、術後はすぐに体を動かすよう言われました。
傷は痛い。薄暗い室内。トイレもきた・・・(泣)
チャーター便で帰国する日。車いすに乗せられ救急車という名の軽の箱バンに乗せられ、がったんがったん揺られながら空港まで行きました。
飛行機のタラップの階段をゆっくりゆっくり上ります。痛いよ・・・。
飛行機に乗って無事日本に到着。生きて日本に戻ってこられて本当によかったです。
到着後はすぐさま日本の空港の方が車いすを用意してくださり、時間のかかる入国の手続きもさーっと通して下さったり本当にありがたかったです。
その後清水の大きな病院に抜糸まで入院することになりました。
「アハハ~!さすが中国、傷口がシルクの糸で縫ってあるよ~」
今でも忘れない、ガーゼを外した担当の先生の一言。しかもシルクの糸で縫ってあるとか、私自身言われて初めて知る事実でした。
それ以降入院中看護師さんが交代するたびに
「シルクで縫ってあるんだって?!」
と代わる代わる興味深そうに言われました。
なかなかみることないですもんね
当時でも日本で盲腸の手術をしていれば傷はあまり目立たないようにできていたようですが。私のお中には今でもシルクの糸で縫った跡が残っています。
ちなみにこの時の治療費ですが旅行保険に加入していたため負担はほとんどなかったようです。もし加入していなかったらと思うとぞっとします
今では笑い話ですがなかなかない経験をしたと思っています。
中国のハワイ海南島。いつかまた行ってみたいです。
その時はきっとリゾート気分が味わえると信じて・・・。
ではまた。